「夏休みももうすぐ終わりか・・・」
そう誰に言うわけでもなく、ぽつりと呟く。私の口から発せられたその言葉は、鳴き続ける蝉の声にかき消された。
ふと上を見上げれば、木の葉の隙間から漏れる陽の光。垣間見える青空には、白い雲が浮かんでいる。
いまは夏、暑い夏。じりじりと焼き付ける日光に、アスファルトは熱を発している。ぼんやりと見つめた先には、陽炎が見えるぐらいに暑い。
今年の夏入っての、指折りの猛暑日と言えるだろう。
夏休み。学生たちが喜び、苦悩し、青春の一ページを刻む時間だと思われる。大概は、そんな感じなんじゃないのかな。
私も多分、例外ではないのだとは思うのだけれど。友人と遊んだり、家族で出掛けたり、補修にも出たり、中学生らしい夏休みは送ってきた。
いや、今現在も送っているはずだ。
ただ、ふとした瞬間何かが違う気がするのだ。他の人ととは違う、なにかが違う時間を過ごしているのではないかと。
自分でもよく分からない感情だ。
夏の空は、特徴的だ。何ともいえないぐらいに澄み切った青空に、白い雲が浮かぶ。積乱雲だっけ、入道雲だっけ。
よく思い出せないが、そんな感じの雲。速いようで、ゆっくりと流れるその動きはいつも視界に捉えている。
青春の代名詞、というか代表的なその雲は、他の人から見ればただ明るいだけの空なのだろう。
印象としても、明るくその人の心に、脳に焼きつくに違いない。
だけど、私は違う。夏の空はいつ見ても、寂しく感じてしまうのだ。からっとした、どこか寂しい雰囲気。
私はこの空を見るたびに、なんとも言えない気持ちになるのだ。
それにしても暑い。
なぜ、こうも暑くなれるのだろうか。いや、でもまだ神奈川はマシらしい。
地方に住んでいる友人が、神奈川にきたとき「涼しい!!なにこれ!」とか言って驚いていた。
頼りない足取りで、道を歩く。右手には、アイスの入ったコンビニ袋。口にはパペコを含み、手をぶらぶらと揺らす。
「あれ?じゃーん!」
「・・・」
「無視とは酷いのう」
意識が朦朧としたところで、聞きなれた声が耳に入ってきた。
入ってきたと思えば、今度はそれが視界に入る。赤、黒、銀色・・・カラフルだなあ。
言うまでも無く、クラスメイトのブン太と仁王、後輩の赤也だった。見たところ、部活帰りと言ったとこだろうか。
後方からやってきた彼らは、すぐさま私の横に並んで歩きはじめる。
私の右隣に仁王。左隣にブン太、そのさらに隣に赤也。
いや、こんな横に広がったら通行の邪魔になるでしょ。まあ、ここの道人通り少ないし大丈夫か。
「先輩、ひさしぶりっスねー!」
「久しぶりだね、赤也。日に焼けたんじゃない?」
「マジすか?!」
「おいおい、俺たちは無視かよちゃんよー」
「別に無視したわけではないんだけど・・・」
ガムをぷくっと膨らませ、頬を膨らませるブン太。・・・単にガムを膨らませたのか、拗ねているのか分かんない。
にこにこと笑っている赤也は、多分日に焼けている。やっぱりテニス部、毎日練習してるんだなあ。それに反して、仁王白っ!白すぎる。
ブン太は・・・普通だな。なんで同じテニス部なのに、こうも色が違うのだろうか。地味に気になるな。
なんてボーっと思っていたら、赤也がこちらに身を乗り出してきた。ちらちら、と私の手元を見てはソワソワしている。
え、なに。
「先輩、その右手のコンビニ袋って・・・」
「?」
「あーっ!!!、その中身アイスだろぃ?!」
「お、本当じゃ」
・・・目敏い。
ソワソワしていた赤也が口を開けば、ブン太がすぐさま中身を当てた。見ただけで分かるとか、どれだけ食べ物好きなんだ。
ブン太が叫べば、右隣の仁王も袋の中身を覗いてきた。
相変わらず何か言いたげに、ソワソワしている赤也。その隣で、目を輝かせているブン太。そして、反対側ではニヤニヤしている仁王。
これは、あれですかね。道は一つ的な、感じですかね。
まあ、別にいいかなと思い、私はごそごそと袋を漁る。その様子に、目を輝かせる人若干二名。分かりやすいなあ。
コンビニ袋の中に入っていた、パペコとゴリゴリくんを目の前に出す。両隣に居るので、目の前にだ。各自、取って下さいとでも言わんばかりに。
「ん」
「お、マジで?!やっりぃ、サンキュ!!」
「ほいじゃあ、俺はこれを貰おうとするかの」
「あーっ!先輩たちズルイっスよぉ!!俺、それ取ろうとしたのに!!」
「いや、まだあるから大丈夫だよ赤也」
「先輩ぃ〜!大好きっス!!」
満面の笑みで、きっと本心であろう言葉を言う赤也には困る。なんだろう、毒気を抜かれるというか。
いや、そもそもアイスごときで大袈裟だと思うのだけどね。こんなことで大好きとか言っていたら、どうなるんだい赤也さんや。
赤也の言葉を聞くなり、ブン太が「あ、赤也テメっ!なに抜け駆けしてんだ!」とか仁王が「夏貴、俺もお前さんのこと好きじゃよ」とか
何か言っているが、生憎暑さで頭が朦朧としてます。
というか、ブン太も仁王も大人気ないね。後輩よりも素早く私の手からアイスを取るとか。どれだけ早業なんですかって感じだったよ。
それにしても、一気に賑やかになったなあ。賑やかというか、騒がしいというか・・・。
さっきまでの私の感傷的な場面はどこか遠くへ飛んでいった。さきほど見上げた空が、今は明るく感じられる。
相変わらずボーっとしていたら(いや、さっきからボーっとしすぎとか、そんなことない)、隣の仁王がこっちを覗きこんできた。
アイスはさっき赤也にあげたので、最後だよ?
「お前さんが食べてるアイス、なに味?」
「え?ああ、これ?ホワイトサワー味」
「ほおー・・・」
そう言って、口から一度離して見せる。結構前から食べていたから、残り少ない。あと一口、二口って感じだろうか。
それを見るなり、ニヤと口角を上げた仁王。残念ながら、私はそれに気づくことができなかった。
「ほいじゃ、一口」
「え」
「「!?!?」」
ぱくっという効果音が頭に浮かんだ。
いや、多分そんな感じで口に含んだのだと思われる。私が口から離したのをいいことに、仁王が瞬間私に接近し、私のアイスを食べた。
正確には、パピコを口にした。ちゅう、という間抜けな音が響いた(気がした)。
ええと、今は、何が起こったのだろうか。仁王が、私のアイスを食べた?ああ、ホワイトサワー味が食べたかったんですね。
っていうか、これ私が口つけたやつなんだけどなあ。いいのかな、そんなアイス食べちゃって。
あ、今ので全部無くなった・・・。どうしよう、もうアイスないんだけど。この通りにコンビニってあったかなあ。
「ああああーっ!!なにしてんだよぃ、仁王!!!」
「ににににににお、仁王先輩なにしてんスかぁ!!」
「プリっ」
「も、なにボーっとしてんだ!なんか、反応しろよ!」
「・・・アイスなくなった」
「んだよソレ!?」
「あ!じゃあ、俺のアイス食べますか?!」
「なに言ってんだ、赤也!な、。俺の食うだろ?」
(いや、そもそもそれ私のアイス・・・)
赤也とブン太の提案は嬉しいけど、もうほとんど食べてるじゃん二人とも。それを食べようと思うまで、食いしん坊ではないよ。
私が目の前の、自分の手にある空になってしまったパピコを見つめていると、ふと視線を感じる。
右隣の、仁王だ。やけにニヤニヤしている。多分、いや絶対ニヤニヤしている。私と視線が合えば、「一筋縄では行かんのう」と呟く。
・・・なんのことだ。
というか、よく考えたらあれだね。仁王と私、何気に間接キスしちゃったことになるのかなあ。どうなんだろう。
そう考えたらなんだか恥ずかしくなってきた、気がする。なんか耳が熱い気がするけど、多分暑さのせいだ。
四人並んで、歩く。空に響くような蝉の声。赤也がブン太にいじられて、それを私と仁王が見ている。ちょこちょこ、会話したり。
そんなとき、ふと仁王が呟いた。
「は、なんも聞かんの」
その一言に、さっきまで騒いでいたブン太と赤也が急に黙り込んだ。仁王は、さっきまでと変わらない表情に見えたが、少し泣きそうな顔に見えたのは
私だけだろうか。
仁王が言いたいことは分かる。多分、全国大会のことだろう。
いまは八月の末。全国大会は、数日前には終わっているはずだ。いや、「はず」だなんて白々しいか。なぜなら、私は全国大会を見に行ったから。
誰かに誘われたわけではない。なんとなく、足が向いたのだ。
私は、決勝戦を見に行った。最初から、最後までしっかりと見た。立海の、行く末を見届けた。
全国大会が終わってから、ブン太や仁王、赤也に言葉をかけてはいない。今日が、全国大会が終わってから初めての会話だと思う。
メアドや電話番号は知っていたけど、連絡はしなかった。全国大会当日も、多分みんなに会えたはず。だけど、会わなかった。
どれも、必要なことではないと思ったからだ。私なんかが、かける言葉など無い。
「・・・空」
「え」
「?」
「空?」
「すごい青い。夏の空って、私好きなんだよね」
私がそう言えば、三者三様に首を傾げる。まあ、そうだよね。いきなりこんな話をしだすとか、普通はありえない。
だから、私は言ってみたんだけど。
多分、この三人はどんな言葉も望んでいないのだろう。「準優勝おめでとう」とか「残念だったね」とか「すごかったよ」とか「惜しかったね」とか、
色々あるだろうけど誰も望んでない、と思う。それに、そういう言葉はきっと他の誰かが言っただろうし。
疑問符を浮かべていた三人だったけど、瞬間その顔には笑みが浮かんだ。
さきほどの仁王の問いかけに、まったく答えていないような私の答え。きっと、なんとなく分かってくれたのだろう。
「ほんに・・・には敵わんぜよ」
「なに言い出すかと思ったけどよ、やっぱりだな!」
「・・・どうも」
「俺、やっぱ先輩のこと好きっス!」
「んなっ!俺の方が、好きだっての!」
そうやって、笑いあうブン太と赤也。仁王は薄く、笑っている。また、元通りになった。
その様子に私の口角も、自然と上がる。こういう時間を過ごすのは、とても好きだ。時間を過ごしている、という感覚があって。
「おっしゃ、今日は赤也ん家でゲームな!」
「げっ、俺の家っスか?!」
「当たり前じゃろ。ここからだと、お前さんの家が一番近いしの」
「・・・私はいいよ」
「はい、もなー。けってーい」
「えええ・・・」
「諦めんしゃい、」
「先輩なら大歓迎っスよー!」
空に、笑い声がこだまする。寂しげだった青い空は、今はただ眩い。
ブルースカイデイズ
(青い空の日々を、君たちと)
2012.8.25 UP